プライドは、ない方がクールに見える
どうも、おのさとです。
プライドが高い人のダサさ
自分でプライドたけーなと思うことが多々あります。
仕事で一度教わったことを忘れてしまっても素直にそういえず知ったふりをしてその場を取り繕って後で必死にググるし、おなか痛くてもうもれちゃいそうなときもそれを周りに悟られないように平静を装ってしまうし、ツイッターでグラビアアイドルのえっちな写真をいいねしてるのがばれたら恥ずかしいから俺はそういうの気にしてないからと言わんばかりに引用リツイートで「シコリティが高い」とか言ってしまうし。。
こういうの書いてるのも、「そういうのをさらけ出してしまえる自分いけてるっしょ?」というよこしまな気持ちがありますからね。もうくそダサい。プライドって高いほうがかっこいいっていうかもしれないですけど、高ければ高いほどダサいですよ。高ければ高いプライドのほうが折れたときくそダサいもんな、ですよ。
プライドが高いと悪循環に入ってしまう気がしていて。プライドが高いって要は失敗とかミスで他人の評価が下がるのが怖いってことじゃないですか。だから自分の下手がばれないようにばれないようにと行動していくんですよ。そうすると、幸か不幸か失敗の確率は減ります。大きく成功することもあります。そうするとさらに下手をこくのがためらわれるようになって自分をプライドの厚化粧で守ろうとしてしまうんですよね。積み重なっていくとそこにはもう自分ではない「なにか」が存在してしまうことになって、現実の自分とのギャップに苦しんでしまう。
逆のパターンもあります。プライドがあるから評価を落としたくない。そうすると逆転の発想で最初の評価を上げなければいいという考えになる可能性があります。だからミスっても「ははは~やっぱおれだめなんすよ~」と周りには自分を落とすような言動をするようになる。でも心の中では「おれは本当はもっとできるから。あいつらには本来の自分を見せてないだけだから」と自尊心を保とうとする。こういうやつって飲み会出ようと熱い自分語り()しまくりますからね。要注意です。
プライドがない人のクールさ
一方でプライドがない人はめっちゃかっこいい。失敗しても成功しても「はいそうですか」で次に行く。
自意識と周囲の評価の差があまりないから信頼されるし自信もある。できないことに対しても周りを気にしてやらなきゃ、ではなくてシンプルにできないからできるようにする。思考と行動が一直線なんですよね。
こういう人一部の人はバカと呼ぶかもしれませんが、それならバカはかっこいいよ。
それでも結局…?
でもでもでも、プライドが高い私はこう思うのです。
そんなやついねーだろ!
そういうやつも自分と同じようによこしまな気持ちを持っていて、それを隠すように周囲の評価が上がるように行動してたら今のスタイルになったってだけだろ。と。
だったら私にだってそういう風にかっこよくみられるような奴になれるだろ。と。
ああこうして今日も回り道して、時に逆走しながら人生を生きていくのです。
ひねくれてる自分も結構好きなんでね。
本当はきらいですけど、ひねくれてる自分をも認めてしまえる器の大きさをアピールしたところで今日は終わりたいと思います。
おのさとでした、また明日、ばいばい!