怒り、悲しみ、つらみ、、負の感情が人を育てる
どうも、おのさとです。
最近仕事でイラついたり、思うようにいかないことに悲しくなったりする自分をうまくなだめて平穏に過ごせるようになりました。
これはいいことだと思っていました。私やっぱ適応力あるんだなぁ!他の人だったらこうはいかないだろ!と鼻高々になってもいました。このツイートを見るまでは。
この記事で言ってることを要約すると
飢餓感や怒りのようなマイナスの感情を持たないといいものを作れない
ってことです。
この記事の内容はこんな何者でもない私でも思い当たる節がありました。
このブログを例にとると、怒られたり理不尽を経験した日はとても筆が進むんです。どうして怒られたのか、どうして理不尽がまかり通るのか、誰に言われたから嫌だったのか、どのタイミングで言われたからムカついたのか、どうすれば今の現状を打破できるのか、、などなどこういうことをとても深く考えていたからだと思うんです。思考が深まればもちろんいい内容になるし、書いてる身としてもノッてきた!てなるから楽しめるし、反応も普段よりいいことが多いです。
でも今はある程度仕事にも慣れてきて、ルーティン化する部分も多く、怒られたとしても「まあクビになるわけでもなし、謝っとけばいいわ」と割り切りもできるようになりました。日々の生活でストレスをなくすためには絶対に重要なことで、これができる自分で良かったとも思います。
じゃあ何かをクリエイトするときにはどうなの?と考えると必ずしもいいとは思えないです。文章しかり、音楽しかり、何か物や作品を作り上げるってことは自分と向き合うことだと思うんです。全く経験したことないものを0から作り出すってことは神様しかできないから、自分の中の経験や考えを全部ひねり出して、それらを組み合わせたり拡張したり削ったりして作品を作るんです。それってまさに自分との戦いじゃないですか。戦いってやっぱり辛いし大変です。大変なことは人はやりたくなくなるんです。
じゃあなぜやるのか。
それは辛いことに立ち向かってでもやりたいことがあるからなんですよ。家族のためかもしれないし、世間に一石を投じたい人もいるかもしれないけど、とにかく何かを世に出すことに使命を感じてるから頑張れると思うんです。
私ははじめしゃちょーの大ファンでした。
誰もやったことないことを誰もやろうとしない規模でやっていて、1つのエンタメを作ったユーチューバーの先駆者です。私が見ていた時は自分がやりたいことをやりきるんだ!という情熱があって、見ていて熱くなりました。
でも今はどうでしょう。家に人が入った、とかカードゲームの試合に出た、とか今日更新する!って言ってやっぱ無理だったとか、端的にいうと面白くない動画が増えました。
本人は昔の方が良かったとよく言われるがやりたいことが変化してるからねーといったニュアンスのことを言っています。変化していくのは大事。でも一ファンとして気になるのはそこじゃなくて情熱がなくなったように感じること。
それも仕方ないことだと思います。一気にスターダムに駆け上がって、日本ナンバーワンのユーチューバーになって、お金もいっぱい稼いだだろうし動画をあげたら炎上する機会も多くなったと思います。そんな状況で飢餓感を持ってゴリゴリやってく気なんて起きないですよね。
このはじめしゃちょーの話から言いたいのは人は常にマイナスの感情を持ち続けるのは難しいということ。それを理解していきたい。慣れるのも大事だけど、疑問に思うことや理不尽に思うことを忘れずにカウンターを常に狙う姿勢で生きていかなければその他大勢に埋没してしまう。負の感情をもつ自分と向き合うことを恐れずに、辛くても戦い続けなければ輝くことはできないんだ。
今日はここまで。はじめしゃちょーファンの皆様すみませんでした。おのさとでしたばいばい!